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東京高等裁判所 昭和58年(行コ)51号 判決

控訴人(原告) 菊田昇

被控訴人(被告) 厚生大臣 国

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴人の申立て

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人厚生大臣が控訴人に対し昭和五四年六月八日付でした同年同月一五日から同年一二月一四日までの期間医業の停止を命ずる処分を取り消す。

3  被控訴人国は控訴人に対し金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和五四年六月二四日から支払いずみまで年五分の割合の金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

5  第3項につき、仮執行の宣言

二  被控訴人らの申立て

主文と同旨

第二当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり附加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。

一  控訴人の主張について

1  原判決四枚目表三行目に「記載があるのみで、このことから原告が同項の」とあるのを「記載があるのみである。したがつて、本件処分には、控訴人が医師法四条各号のいずれに該当したのかあるいは控訴人に同法七条二項にいう「医師としての品位を損するような行為」があつたのか、その特定を欠く違法がある。また、右の記載をもつて控訴人が同法七条二項の」と改める。

2  同九枚目表二行目に「との者の間で」とあるのを「との間で」と改める。

3  同九枚目表九行目および同一二枚目裏二行目にそれぞれ「頻して」とあるのを「瀕して」と改める。

4  同九枚目裏三行目に「としたのである。」とある次に「なお、控訴人としては、右のような女性に対し、いつたん「実子あつせん行為」の約束をした上でも、出産後、もう一度自らその子を養育する意思ないし養子縁組をさせる意思がないかどうかを確認している(本件刑事処分にかかる「実子あつせん行為」についても例外ではない。)。」を加える。

5  同一一枚目裏一行目から次行にかけて「限りにおいてのみその権限を行使しうるのである。」とあるのを「ことを主とし、医師の品位を保持することは従として、その権限を行使しうるのである。」と改める。

6  同一一枚目裏六行目の「免許の取消し」から九行目の「場合は、」までを「医師の免許の取消しまたは医業の停止を命ずることができるとした趣旨からすれば、被控訴人大臣は右の趣旨・目的を達成するためにどうしても必要な場合にその権限を行使し、かつ、その処分も最小限度にとどめるべきであるから、形式的に処分事由に該当するときであつても、実質的に右の趣旨・目的に反しないときは、」と改める。

7  同一二枚目裏九行目の「あり、原告の」から同一三枚目表二行目の「ものである。」までを「ある。したがつて、控訴人の「実子あつせん行為」に対しては、控訴人が母に対し法律上許された範囲内の指導、説得を十分に尽してもなお胎児の生命が危機に瀕している場合に、法を守り戸籍制度の秩序維持を図つて右胎児を見殺しにすべきか、法を犯してもこれを救うべきかという観点から検討すべきであり、しかるときは、被控訴人大臣が控訴人の行為につき処分権を行使することは、それ自体違法となるものというべきである。」と改める。

8  同二七枚目裏末行の次に行をかえて「被控訴人大臣の医師の免許の取消し、医業の停止を命ずる処分が裁量処分であるとしても、行政事件訴訟法三〇条の趣旨によれば、裁判所は、右の処分の審査にあたり、まず被控訴人大臣に右の処分の権能を授与した医師法の趣旨およびその裁量の具体的な基準を明らかにし、次いで本件処分が右基準に適合するかどうかを判断することにより、控訴人の権利利益を保障するように留意しなければならない。」を加える。

9  (当審における新たな主張)

法務大臣は、昭和五七年九月、法制審議会民法部会身分法小委員会に対し養子制度の改正を諮問したところ、同小委員会は、昭和六〇年一〇月二九日、親子関係の断絶を基本とする特別養子制度の中間試案を報告、発表した。これを受けて、法務大臣は、昭和六二年中に、特別養子制度に関する法案を国会に提出する見通しであるから、特別養子制度の新設はほぼ確実になつたということができる。

右のような立法の趨勢は、未婚の母などによる「子捨て」、「子殺し」を防ぎ、望まれない胎児(新生児)の生命と幸福を守る必要があることおよび右の特別養子制度の新設によつて法律上親子関係の断絶が認められれば、「子捨て」、「子殺し」を防ぎうることが一般に認識されたことを端的に示すものである。

ところで、控訴人の「実子あつせん行為」も、右のような社会的実情をふまえ、事実上の親子関係を断絶するためにされたものである。

そうすると、右の特別養子制度と控訴人の「実子あつせん行為」とは全く同じ基盤の上に立つものであり、それだけに特別養子制度の欠けている時点においては、控訴人は、現場の一医師にすぎないから、先行的に「子捨て」、「子殺し」を防ぐため「実子あつせん行為」をするほか他に適切な手段をもたなかつたのである。

しかも、控訴人は、昭和四八年四月「実子あつせん行為」を公表して以来、不幸な子を救済する目的で、実子特例法の創設を世に訴え、その実現のため献身的な努力を続けてきたが、その結果、「実子あつせん行為」が特別養子制度に止揚されることになつたのであるから、いわば控訴人が特別養子制度の端緒を作つたというべきであり、その功績は誠に大である。

以上によれば、控訴人の「実子あつせん行為」は、人道的な見地から行なわれたものであつて社会的に非難さるべきものではないし、これに起因する刑事処分に関してされた本件処分には、裁量権の範囲をこえまたはその濫用をした違法があるといわなければならない。

二  被控訴人の主張について

1  原判決一七枚目裏一行目に「となることはない。」とあるのを「となることはない(控訴人の本件処分の命令書に処分事由の特定を欠く違法があるという主張も、結局本件処分の命令書に理由を附記する必要があるかという問題に帰着するから、理由がない。)。」と改める。

2  同一八枚目表八行目に「宮城県知事は、」とある次に「昭和五三年一一月一三日」を加える。

3  同一九枚目表末行に「しかしながら」とある次に「、医師法七条二項の文言からみて同項の「医師としての品位を損するような行為のあつたとき」という事由は同項の「医師が第四条各号の一に該当」しない場合を指すと解されるし、同法四条各号が処分事由として相互に重複しないことは同条三号の「前号に該当する者を除く外、」という文言から明らかであるから、」を加える。

4  同二三枚目裏一行目に「主観的意思」とあるのを「主観的意図」と改める。

5  (当審における新たな主張に対する認否)

法制審議会民法部会身分法小委員会が昭和六〇年一〇月二九日親子関係の断絶を基本とする特別養子制度の中間試案を報告、発表したことは認めるが、その余は争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人の請求はいずれもこれを棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり附加、訂正するほか、原判決の理由説示と同じであるから、これをここに引用する。

1  原判決三一枚目表五行目の次に行をかえて「そうすると、本件処分の命令書に処分事由の特定を欠く違法があるという控訴人の主張も、右のように本件処分の命令書に理由の附記を要しないと解すべきものである以上その前提を欠くうえ、実質的には処分事由の特定がされていたということができるから、これを採用することができない。」を加える。

2  同三一枚目裏二行目に「本件処分に関しては、」とある次に「昭和五三年一一月一三日」を加える。

3  同三二枚目表二行目、同三二枚目裏末行から同三三枚目表一行目にかけて、同三四枚目表七行目、同三四枚目裏八行目、同三六枚目裏八行目、同三八枚目表四行目、同五〇枚目裏四行目にそれぞれ「内藤冽」とあるのを「内藤洌」と改める。

4  同三三枚目表九行目に「命令書受領」とあるのを「控訴人の妻菊田静江が代理人として命令書を受領する」と改める。

5  同三七枚目表七行目から八行目にかけて「はじめて」とある次に「昭和五四年六月八日に至り」を加える。

6  同四〇枚目表九行目に「原告本人尋問の結果」とあるのを「原審および当審における控訴人本人尋問の結果」と改める。

7  同四一枚目表一行目に「これは」とあるのを削除する。

8  同四一枚目表九行目に「中絶の」とあるのを「中絶に」と改める。

9  同四一枚目表一〇行目に「聞知される」とあるのを「聞知した」と改める。

10  同四一枚目裏八行目から九行目にかけて「福祉行政は全く整備されていないことから、」とあるのを「福祉行政も現実にはいまだ十分に機能していないとして、控訴人は、」と改める。

11  同四二枚目表一行目に「確信したからであり、」とあるのを「確信し、」と改める。

12  同四二枚目表二行目に「昭和三四年以降」とある次に「、控訴人は、妻菊田静江のほかはとりたてて他に相談することもなく、」を加える。

13  同四二枚目表八行目に「掲載した」とある次に「(控訴人は、それまでにも一〇回以上同趣旨の広告を新聞に掲載したことがある。)」を加える。

14  同四二枚目裏一行目に「事実上の」とあるのを削除する。

15  同四三枚目裏九行目に「損われること」とある次に「及び控訴人が念願していたいわゆる「実子特例法」の早期制定に支障をきたすおそれがあること」を加える。

16  同四四枚目表二行目から三行目にかけて「数えるに至つたこと、」とある次に「なお、右公表より前の「実子あつせん行為」にかかる子の実親を探し出すことは控訴人自身としてもできないが、右公表より後の「実子あつせん行為」にかかる子の実親を探し出すことは、診療録(カルテ)等の保存期間(五年)以内であればそれに記載された新生児の身体的特徴等を手がかりとして不可能ではないが、その後は診療録(カルテ)等が廃棄されるためほぼ不可能となること、」を加える。

17  同四四枚目裏七行目に「原告本人尋問の結果」とあるのを「原審および当審における控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨」と改める。

18  同四五枚目表三行目の「同女は」から七行目の「考えていた」までを「しかし、同女は右男性との関係が破綻したのちも出産のうえ自ら子を養育する意思を有し、その子を自己の戸籍に入れることもやむなしと考えていたのであり、自殺を企図したり、あえて「実子あつせん行為」を依頼したのも、ひとえに片親の子は不憫であり、それだからといつて子に養子縁組をさせても同女としては親子の情愛を断ち難いと考えていた」と改める。

19  同四五枚目表一〇行目から末行にかけて「なお翻意を期して同女を説得したことはないこと、」とあるのを「、わずかに出産直後「本当に子供を実子として他の人にあげてもいいのですね。」と確認したにとどまり、さらに進んで母子に対して公的なあるいは私的な福祉の措置を受け得ること等を説明してその翻意を求める努力をしないまま、昭和五〇年一二月一八日、奈良県在住の夫婦に対し出生後旬日を出ない新生児の「実子あつせん行為」をしたこと、」と改める。

20  同四五枚目裏二行目に「感ずることもあること」とある次に「、なお、控訴人は、入院費用として同女から三二万円弱の支払いを受けたが、右「実子あつせん行為」については同女はもちろん事実上の養親からも一切対価を取得していないこと」を加える。

21  同四五枚目裏三行目の「本件刑事処分」から同四六枚目表八行目の「できない。」までを「本件刑事処分にかかる事案において、中絶を求めた女性が、胎児(新生児)との親子関係を断絶するため、その生命を断つ蓋然性が高かつたということはできないし、仮に右の蓋然性が高かつたとしても、控訴人は、乳児院等の児童福祉施設または社会福祉法人等の協力、援助を求めるための手だてを尽くすことなく、むしろ単にその一存で奈良県在住の新生児の養育を希望する夫婦に「実子あつせん行為」をしたと推認されるのであつて、他に控訴人がこのように性急に右新生児を実親のもとから事実上の養親のもとに移し、親子関係の断絶を図らなければならない必然性があつたことを窺わしめるに足りる的確な資料は存しない(少くとも本件刑事処分にかかる事案については、控訴人が中絶を希望した女性に対し新生児に養子縁組をさせることを強力に勧めることによつても、控訴人の危惧する「子殺し」、「子捨て」を防止できたのではないかという事情すら窺われるのである。)。しかも、控訴人のした「実子あつせん行為」は、(イ) 当該新生児の心身の状況を未だ十分把握できず、かつ、その事実上の養親の子に対する愛情、家庭環境、経済力等についての調査が不十分な段階でされたものであるから、当該新生児にとつて幸福な「実子あつせん行為」といえるか、(ロ) 当該新生児は事実上の養親の子として安定した地位を取得したといえるか(養子とする意思で他人の子を嫡出子として出生届をしても、有効に養子縁組が成立したものとすることができないことは確立した判例である。)、(ハ) 診療録(カルテ)の保存期間(五年)を経過した後は、当該新生児は実親を知る途をほぼ完全に絶たれることになるが、果してそれは適当か等々当該新生児の福祉の実現という観点からしても幾多の問題を抱えているのであつて、控訴人のした「実子あつせん行為」が当該胎児(新生児)のため相当であつたともいい難い。そればかりでなく、控訴人のした「実子あつせん行為」がそのまま緊急避難にあたるとすれば、安易にこれに追随する者が続出し、時に不正な利益と結びつき、人身売買等の忌わしい行為の誘発を招くおそれすらないではないのであつて、右のような社会的影響をも併せ考えると、本件刑事処分にかかる「実子あつせん行為」の違法性が緊急避難を理由に阻却されるとは到底解しえない。」と改める。

22  同四六枚目裏二行目から三行目にかけて「されることがある」とある次に「(医師法三三条、二〇条)」を加える。

23  同四六枚目裏六行目に「出生証明書の発行」とある次に「(戸籍法四九条三項)」を加える。

24  同四七枚目表二行目の「戸籍法上の秩序」から三行目の「行為であり、」までを「相続、認知、扶養等の法律関係に重大な影響を及ぼすばかりでなく、ひとり当該関係者のみならず、その余の者にまで戸籍上自己の親として表示されている者が真実の親であるかどうかを疑う事態さえ出来させる等戸籍に対する一般的な信頼を損うおそれがあるのであるから、このような行為は真実の記載を前提とする戸籍法秩序を紊乱し、人の身分関係を公証する制度の根幹を揺がすものであり、」と改める。

25  同四七枚目表七行目に「近親婚を生ぜしめ、」とあるのを「近親婚を生ぜしめるおそれが全くないとはいえず、しかも、悪性の遺伝病を未然に回避することを困難にし、あるいは、」と改める。

26  同四七枚目裏四行目に「等しく、」とあるのを「等しく(民法七九八条参照)、」と改める。

27  同四八枚目表四行目に「戸籍法上の秩序維持」とあるのを「法律秩序の維持」と改める。

28  同四八枚目裏二行目に「同法二条、」とある次に「五条、六条、」を加える。

29  同四九枚目裏一行目に「いかなる程度に」とあるのを「いかなる程度を」と改める。

30  同四九枚目裏六行目に「解すべきである。」とあるのを「解すべきである(控訴人が主張するように、裁判所は医業停止処分に関する被控訴人大臣の裁量の具体的な基準を明らかにしたうえ、本件処分が右基準に適合するかどうかを判断すべきであると解すべき根拠はない。)。」と改める。

31  同四九枚目表八行目に「原告本人尋問の結果」とあるのを「原審および当審における控訴人本人尋問の結果」と改める。

32  (控訴人の当審における新たな主張に対する判断)

法制審議会民法部会身分法小委員会が昭和六〇年一〇月二九日親子関係の断絶を基本とする特別養子制度の中間試案を報告、発表したことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第九七ないし第九九号証、第一〇二号証によれば、右の中間試案は、法務大臣が昭和五七年九月同小委員会に対し養子制度の改正を諮問した結果、報告、発表されたものであることおよびこれを受けて法務大臣が昭和六二年中に特別養子制度に関する法案を国会に提出する旨取沙汰されていることが認められる。

しかして、右各証拠にこれまで認定した事実ならびに弁論の全趣旨を併せ考えると、右の特別養子制度新設の動きとの関連において、控訴人が今日までしてきた「実子あつせん行為」を含む一連の行為が、問題提起の意義を有したことは否定しえないが、しかし、同時に、右の中間試案にかかる特別養子制度は、従前の養子制度(民法七九二条ないし八一七条)と比較すると、控訴人の指摘するように、子(未成年者のうち低年齢の者)の利益を中心としたものであるとはいえるものの、未だ立法の緒についたばかりであり、戸籍上の取扱い等種々の困難な問題を包蔵しているため、今後法制化に至るまでどのような変遷をたどるかにわかに予断を許さないところであつて、今直ちにその内容についての評価、位置づけをすることはできないといわなければならない。

しかも、そもそも本件処分の違法性の有無は、その取消請求についても不法行為による損害賠償請求についても、本件処分がされた時点を基準として判断されるべきものであることはいうまでもないところであるから、その後における右の特別養子制度新設の動きとは直接かかわりがないのであり、加えて特別養子制度新設の動向自体現段階では右のような程度にとどまるものである以上、控訴人の当審における新たな主張は、被控訴人大臣の裁量権限の踰越ないし濫用の違法を根拠づけるに足りるものといえないことは明らかであるから、採用のかぎりでない。

二  以上によれば、原判決は相当であつて本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条本文、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 増井和男 河本誠之)

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